ハウスカード
アメリカでクレジットカードが使われるようになったのは、それほど昔ではなく、20世紀のはじめごろである。
アメリカの資本主義が充実し始めたころで、そのあたりから、ホテル、百貨店、石油会社などが、規模は小さいものの、ハウスカードの発行を始めていました。
最初のクレジットカードは今のようなカード状ではなく、コインのようなもので、「クレジットコイン」と呼ばれていたようです。
コインには、店舗の名前と、コインの所有者の顧客番号が刻印されていたようです。
今のように規模が大きいものではなかったので、社会的に影響もほとんどありませんでした。
それどころか、大恐慌が発生したことにより、このシステムは跡形もなく消え去ってしまったようです。
クレジットカードのシステムが本格的に発展し始めるのは、1950年のダイナースクラブ設立からになります。
ダイナースカード
1950年にダイナースクラブが設立され、そこからクレジットカードは本格的な発展を見せ始めます。
ダイナースはそれまでのハウスカードとは異なり、加盟店を集め、多目的に利用できるという特徴がありました。
このカードは主に旅行や娯楽を目的にしており、高額所得者や、企業の役員など、いわゆる上流階級をターゲットにしていました。
支払いの方法はリボルビングではなく、チャージカードの方式でした。分割で支払うという観点ではなく、キャッシュレスで払うという観点なのです。
このようにしてクレジットカードは発展し、次に、国際ブランドのカードへと発展します。
フランクリン・ナショナルとバンク・オブ・ニューヨーク
一般銀行が発行するクレジットカードは、1952年、ニューヨークのフランクリン・ナショナル銀行が最初です。
このころは、数多くの小規模銀行が百種類を超える数のクレジットカードを作っていたようですが、今ではそのほとんどがなくなってしまっています。
そのような中で成功を収めてきたのが、カリフォルニアを基盤にしたバンクオブアメリカと、ニューヨークを基盤にしたチェース・マンハッタン・バンクの二行でした。
バンクオブアメリカは1958年にバンク・アメリカカード(バンカメリカード)を発行し始め、その翌年、チェース・マンハッタン・バンクも同じようなカードを発行し、州全体でクレジットカードを扱い始めました。
このあたりからアメリカでは他の大手銀行もクレジットカードの取り扱いを開始し、本格的なクレジットカードの競争が始まるわけです。
しかし、ダイナースやアメックスのような全米展開というわけではなく。
現在とはだいぶ規模の異なるものでした。
この状態は、1966年にバンカメリカードが商標と、業務ノウハウをフランチャイズ形式で売り出し、他の銀行に提携を呼びかけたことで変化していきました。
これがやがて、独立し、ビザ・インターナショナルになるのです。
ヨーロッパでも同様の動きが起こり、今のマスターカード・インターナショナルの前身となります。
このようにして、クレジットカードは発展してきました。
日本のクレジットカード
日本のクレジット販売の始まりは、呉服店の「丸善」が、月掛け売りという名前で始めたものだろう。
これが始まったのは1895年だったが、アメリカからシンガーミシンの進出があったことにより、1907年から、より本格的なものとなった。
その後様々な企業がクレジット販売を始めたが、クレジットが世間一般に注目されるようになったのは昭和初期の不況期からである。
対象商品は、車、家具、呉服、洋服、靴、ミシンなど多種多様で昭和10年あたりには、市場の売り上げの10%近くを占めていた。
現在のようなクレジット販売が出来上がったのは、第二次世界大戦が終わってからで、特に、1960年は日本ダイナースクラブが設立され、丸井という企業が日本発のクレジットカードを発行した。
ここから、日本のクレジット産業は成長していくことになったのです。
アメリカは、便利さを追求することでクレジットカードを生み出し、この日本は、貧しい生活の中でとにかく負担を軽くしたいという需要によりクレジット販売が生まれました。
同じものではあっても大きな違いがあると言えるかもしれません。
